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思えば………道に迷い始めた時から、既に術に掛けられたのかもしれない。
「あの幻術師(イリュージョニスト)………名前を聞いておけば良かったな………」
と夢うつつの中で千影が思い付いた時。
「千影ちゃん、今日は随分お寝坊さんなのね?」
「おねぼうさんなのね、ねえたま?」
姉と妹の声―――千影はベッドの下で目を醒ました。
「第二話」
「また夜更かししていたの?」
「ああ………どうも夢中になる性分でね………」
あれから無事に夜が明けた。
ちょっとした助けが来たお陰で朝には帰宅する事が出来た。
「持つべきものは愛すべき妹………だけど眠いな………」
「千影ちゃん、何か言った?」
「いや………なんでも………」
*
千影は椅子の背凭れに身を預け、姉、可憐が髪を梳くのに任せている。
朝日は千影の魔女の刻印を映し出さない―――黒髪を可憐に預けるのはいい気分だった。
妹、雛子は千影の膝の上で、歌を歌っている。
「何だか具合が良くないようね………朝ごはんは食べられる?」
「ああ………大丈夫………それに、起こして貰うよう頼んだのは………この私だからね」
「あと、やっぱりベッドは寝辛い?いつも転げ落ちているみたいだけど」
「まあ………その内慣れると思うよ………」
まさか棺桶の方が落ち着くとは言い辛い。
そう言えばあの棺桶―――物心付いた時から千影の寝床であり、隠れ家であった―――は暫く使っていない………何処に置いただろうか。
しかし、何故だろう。眠いのは分かるが―――何か胸の辺りがむかむかする。
「それにしても………千影ちゃん?」
髪を梳かしながら可憐が耳打ちする。
「何だい………姉さん?」
「昨晩は一体何処に行っていたの?」
「………………………………」
「千影ちゃん?」
「い………一体………何を言っているのかな………」
夕食の時には家族全員が集まる事になっている。だが昨晩は帰れるか分からなかった為、魔道具によって生み出される分身、『影』を置いて来た。千影と『影』は、記憶の共有を行う事が出来る。
「千影ちゃん、とぼけてもダメよ?じゃあ昨日の夕ごはんを覚えている?」
帰宅してからすぐ、昨晩の出来事に関して家族との間で齟齬が生じないように、『共有』を行ってからベッドに沈み込んだのは正解だった………
「勿論………しゃぶしゃぶは兄くんの次に好きだという事………可憐も知っているだろう?」
「そうね、でも、千影ちゃん、昨日皆が止めているのに、お肉を生のまま食べていたわよ」
「なにい………いや、何でもない、その………」
この胸のむかつきはそう言う事か………『影』の行動を単調にし過ぎている所為だ。ともかく言葉を続けた。
「はは………生肉は可憐の次くらいには好物………だよ」
「ねえねえ、ヒナはぁ?」
と膝の上の雛子。
「雛子はしゃぶしゃぶと同着………二位だよ」
「わあ、よかったぁ。ヒナ、にばん~」
「おっと………紅茶がこぼれるよ………」
「それで、白雪ちゃんのケーキは何番目くらい?喜んでいたわよ?今日も千影ちゃんの為に腕によりを掛けてスイーツを作るんだって、朝早くから厨房に篭りっぱなしよ」
「白雪の………ケーキ?」
肩越しに振り返り後ろを見る―――可憐が首を縦に振る。
向き直り雛子と目を合わせる―――やはり首を縦に振る。
「きのうの白雪ちゃんのケーキ、すごかったよね?ねえたま………一人で食べちゃうんだもん………おいしかった?おさかなさん」
ケーキ?魚?記憶を辿る―――まだ図示されていないビジョン。
「う………」
千影は―――視た。
何か巨大な魚の頭が毒々しい色の装飾をされて、これまた禍々しい彩りの土台であるケーキの上に鎮座ましましており、一言で言えば―――邪神降臨と言った風情だ。
「私が………食べた?」
肩越しに振り返り後ろを見る―――可憐が首を縦に振る。
向き直り雛子と目を合わせる―――やはり首を縦に振る。
次の瞬間、千影は口に含んでいた紅茶を垂れ流していた。抱えていた雛子の頭上へ。
「やだあ………ねえたま、もう、お着替えしたばっかりなのに………ぐす」
べそをかき始めた雛子。
「あ………済まない………可憐………悪いが、お小言は後で………あと髪も後で………まずお風呂にする………雛子、行こうか………」
膝の上から雛子を降ろしながら言った。
「え?ねえたまとおふろ?」
「ああ………そうだよ………」
髪を撫でる―――砂糖がたっぷり入った紅茶でべたべただ。
「わーいわーい、ヒナ、ひよこさん取って来るね!」
途端に泣き止んだ雛子は、自室に走って行った。
*
「しかし………凄いね、姉さん………あの『影』は兄くんでも見破れないのに………」
「だって千影ちゃん、嘘をつく時、私の事、『可憐』って呼ぶでしょう?昔からね、千影ちゃん………壁を作る時、そうしていたのよ?」
可憐が微笑んだ。
「そう………か」
「それに………」
「それに?」
「昨日の千影ちゃん、眼帯をしていなかったわ」